岐阜地方裁判所多治見支部 昭和43年(ワ)133号 判決 1969年9月26日
原告
山本登美子
ほか二名
被告
笠鉄運送株式会社
主文
被告は、原告山本登美子に対し金三、二五〇、九五四円、同山本豊、同山本宏二に対しそれぞれ金二、九五〇、九五四円及び右各金員に対する昭和四二年一一月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告山本登美子のその余を被告の各負担とする。
この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
一、原告等訴訟代理人は「被告は、原告山本登美子に対し金四〇〇万円、その余の原告に対し各金三〇〇万円及び右各金員に対する昭和四二年一一月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として
(一) 原告山本登美子の夫であり、その余の原告の父である亡訴外山本寿一は、昭和四二年一一月二二日午前一時一〇分頃、訴外伊佐次和夫の運転する普通貨物自動車に同乗し、滋賀県伊香郡高月町大字渡岸寺先国道を福井方面に向つて走行中、右自動車が同所において前方に停車中の大型貨物自動車に衝突し、その衝撃により胸部内臓が破裂して即死した。
(二) 被告は右普通自動車を保有し、当時自己のため運行の用に供していたものであり、且つ右事故は右伊佐次のいねむり運転、前方不注視の過失に帰因し、被告は右伊佐次を使用し、自己の業務の執行として右運転はなされていた。
(三) 右事故に因り蒙つた亡山本寿一の損害(原告等が各三分の一の割合で相続)及び原告等の損害は左のとおりである。
(1) 亡山本寿一の逸失利益 金九、九六四、七三一円
同人は右事故当時満三〇才で、被告方に自動車運転手として勤務し、月額平均六七、〇九五円の賃金収入を得ていたところ、同人の生活費は一箇月平均一五、〇〇〇円であつた。そこで同日以降被告方の定める定年(五五才)までの二五年間を稼働期間として右期間中の得べかりし利益総額より右割合による生活費並びに中間利息を控除すると頭書金額となる。
(2) 同人の生命侵害による慰藉料 金一五〇万円
(3) 原告等固有の精神的損害
登美子一四〇万円、同豊・同宏二各八〇万円
一家の柱である夫、父を失つた原告等の苦痛は甚大でこれを慰藉するには右金額が相当である。
よつて原告等は被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)第三条に基き、仮りに右規定の適用がない場合には民法第七一五条に基き、被告に対し、右三の(1)(2)の亡山本寿一の賠償請求権中各原告の相続分金三、八二一、五七七円と右(3)の各金額の合計金額から既に受領した自動車損害賠償保険金各一〇〇万円(合計三〇〇万円)を控除した金額及びこれに対する右事故発生の日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べ、被告の主張に対し
亡山本寿一と訴外伊佐次和夫は本件当夜、前記被告方自動車を交替運転して福井方面に向つて走行していたものであり、被告方では夜間の長距離運行の場合は、乗組運転手二名の中一方が運転している間は他方は車内助手席で体を休め、仮眠してよいことになつており、これを予定して運行計画が樹てられていた。本件においては右亡寿一は右のような休養仮眠中事故に遇つたもので、このような場合の同乗運転者は自賠法第三条の「他人」に該当し、民法第七一五条一項の第三者にも該当する。
と述べた。
二、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として
請求原因(一)の事実及び(二)の事実中訴外伊佐次和夫の過失の点を除いてその余を認め、同第三の事実中亡山本寿一の年令、相続関係を認めその余を争う。
と述べ
亡山本寿一と訴外伊佐次和夫は共に本件事故当日前記被告方の自動車を運転、多治見市より北陸方面に向う貨物運送業務に従事していたが、右伊佐次に比し亡寿一は年令、運転歴、社員歴共に古く、右走行に当つては寿一が正運転手、伊佐次が助手としてその任に当つていたもので、右寿一は助手である伊佐次を監督すべく、右自動車の運行については亡寿一が全責任を負つていたもので、このような者は自動車損害賠償保障法第三条の他人に該当せず、民法第七一五条一項の第三者にも該らない。と主張した。
三、証拠〔略〕
理由
請求原因(一)(二)の事実は訴外伊佐次和夫の過失の点を除いて当事者間に争いがない。
そこで、亡訴外山本寿一が自賠法第三条の「他人」に該当するか否かを検討する。
前記被告会社自動車の当夜の運行について、右亡訴外人が自動車運転者として訴外伊佐次和夫と共に運転業務に従事していたことは原告等が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべきところ、〔証拠略〕によると、本件事故当日、亡訴外山本寿一と訴外伊佐次和夫は二名共同して被告会社普通貨物自動車を運転、金沢まで貨物を運送すべく被告会社の作業予定計画に従つて前記自動車に同乗勤務についたが、多治見より途中敦賀までは右伊佐次が車の運転に当り、右山本寿一はその間助手席において休養することにして仮眠中、本件事故に遇つたものであること、右両名共に普通自動車の運転資格を有し、右運行に当つては何れも運転手として勤務したもので、被告方においては夜間長距離運送に二名の運転手が共同であたる場合は、正副の区別を特に設けることも、業務内容において一方を他方と区別するようなこともなく、右二名の運転手が両者の自主的判断で途中適宜交替して車の運転をすることとし、他方に運転を任かせて一方が運転していない間は休憩をとるよう指示し、このため運転手等は乗車に際し毛布等を車内に持込み右休憩中は仮眠するのが常態であつたこと等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しないところ、右各事実に〔証拠略〕により認められる右伊佐次は前日の一一月二一日昼間名古屋までの貨物運送業務に従事したあとその夜の本件長距離運送業務に携つている事実(〔証拠略〕によると昼間勤務から右夜間の乗車まで三時間の自宅休息がなされているに過ぎない。)等を併せて考えると被告方においては夜間長距離運送の場合の前記交替運転手の仮眠による休養は寧ろ当然の前提として見込まれ運行計画が樹てられていたものとの推測がなされ、他にこれを否定するような事実も認められない本件においては右のような休憩中の仮眠行為は被告方において右運送に従事する運転手に許容されていたものと認めるのが相当である。而して、右のような場合仮眠休養中の運転手は、その間運転者又は運転補助者としての責務から一応解放されているものと解すべく、右仮眠休養中の当該車両の運行に因る事故について自賠法第三条の「他人」に該当するというべきである。
然らば、本件において被告は自賠法第三条に因る賠償責任は免れないので以下、右事故に因る損害について検討する。
先ず(1)の亡山本寿一の逸失利益について、〔証拠略〕によると、本件事故当時亡寿一は被告方より月額平均金六七、〇九五円の賃金(手当を含めて)を受取つていたことが右収入をもつて同人と原告等の家計が維持されていたこと等の事実が認められ、これに当時の同人の年令から推測して原告等の主張する爾後二五年間は運転手として同人の稼働が十分見込まれること及び右家族構成等を考慮すると同人自身の生活費は一箇月金二万円をもつて相当と認められること等の点を基礎に右二五年間の逸失利益を計算するとホフマン式月毎複式計算法により中間利息を控除して金九、一五二、八六三円となる。次に(2)の同人の生命侵害による慰藉料は前記諸事情からすれば原告主張の金一五〇万円は相当と認められ、前記争のない相続関係からすれば右(1)(2)の合計金一〇、六五二、八六三円の各三分の一を原告が相続したこととなる。而して(3)の原告等の固有の慰藉料については前認定の亡寿一が原告等の一家の主柱であつたことその他諸般の事情を考慮して原告登美子につき金七〇万円、その余の原告につき各金四〇万円をもつて相当と認める。
右によると、原告山本登美子は亡訴外人の被告に対する損害賠償債権の相続分金三、五五〇、九五四円と自己固有の慰藉料債権金七〇万円の合計、その余の原告は同様相続分各金三、五五〇、九五四円と固有の慰藉料債権各金四〇万円の合計についてそれぞれ被告に対し損害賠償債権を有することとなるが、原告等は本件事故につき既に自動車損害賠償保険金三〇〇万円を受領し、これを三分して各金一〇〇万円を右各原告の債権に充当した旨自認するので、これを控除した残金額について被告は原告等に賠償義務を負うことになる。
右の次第で原告等の被告に対する請求は右残債権額及びこれに対する本件事故発生の日である昭和四二年一一月二二日以降支払済みまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから右範囲で認容し、その余を失当として棄却し、民事訴訟法第九二条、同第一九六条を適用して主文のとおり判決する
(裁判官 金田智行)